イギリスの教育制度③

National Curriculumから見る、英国における教育の基本方針

 なかなか実際に目にする機会は少ないイギリスの教育現場ですが、学習指導要領に相当するNational Curriculumに目を通すと見えてくるものがあります。私立はこのNational Curriculumに従わない学校も多くありますが、それでも基本的な仕組みは影響を受けていますし、あえて逸脱することで独自性を出していたりするため、構造を理解しておくことは非常に有用です。今回は馴染みがあると思われる日本の教育制度との比較から少し見てみましょう。

 なお、イギリスではイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドがそれぞれ自治権を持っており、教育は各国がそれぞれ規定しているため多少の違いがあります。ここではウェールズ、北アイルランドと似たシステムを導入しているイングランドを事例として進めていきます。

  • 意外と短い?Y1からY11をカバー

 イギリスの義務教育は5歳になった次の学期より開始されるため、多くの児童は小学校のYR(Year R)と呼ばれるReception(レセプション)クラスに4歳から入学します。1年をかけて学校生活に慣れながら、順次義務教育年齢に到達していくわけですが、全員が5歳になっているY1(Year One)よりKey Stage 1と呼ばれる初等段階の学習が開始され、National Curriculumに従った授業を受けることになります。その後Key Stageと呼ばれる段階毎に指導内容が規定され、学問としての義務教育が終了するY11まで継続されます。Y11というと大体中学校を卒業する年代ですから、国として教育の内容を規定しているのはここまで、ということになります。義務教育から外れる高等学校にも細かい学習指導要領を作成している文部科学省と異なり、Y12以降は特に学校教育というよりはA levelなどの資格試験対策の場といった要素が強くなっていきます。実際にSixth Form College(Y 12,13の学生がA levelの勉強のために行く学校)などは多数の授業の中から自分が選択した科目の授業を取る形になるため毎日学校に同じ時間に学校に登校するわけでなく、どちらかというと単位を取得していく大学に似ており日本の高等学校とはかなり様子が違うのではないでしょうか。

 一方、イギリスではKey Stage 1の前段階に当たるEarly Years Foundation Stage(EYFS)にかなり力を入れており、National Curriculumの枠組みの外ではありますがLiteracy(読み書き)やNumeracy(数字)などの学力を含めた到達目標が提示されています。Key Stage 1に入る前にEYFS Profileと呼ばれる評価をつけなければならないため、Receptionの先生やChildminderなどの保育者などはEYFS Frameworkに則っていく必要があり、National Curriculumは幼児教育からスタートしているとも言えるでしょう。

 

  • 教員の自由度が高い?教科書のない教育現場

 National Curriculumと学習指導要領を比較してまず気づくのが、後者の手厚さ、内容の細かさ、でしょうか。その上、学習指導要領を周到した教科書も無料で配布されますし、具体的な学習内容も提供されるため、高水準の教育が提供される土台がしっかりしています。一方のNational Curriculumではほとんどの科目(Scienceなど一部除く)において学習目標はKey Stage毎に規定されており、教材などは提供されず全体的にふわっとした印象です。具体的な授業時間数も指定されておらず、どこにどのような時間を配分して授業を進めるかは先生の技量に委ねられています。また、教科書自体が存在せず先生がそれぞれ最適なテキストやプリントを使って授業を構成するので、自由度が高い反面、授業の質を一定に保つのは難しく幅があるものと考えられます。

 専門家の精査を経て作り込まれたプラットフォームを着実に提供できる日本の教育と、ざっくりとした枠組みの中で教師に裁量を委ねるイギリスの教育、という違いが浮かび上がってきます。

  • 試験に集中させるため?科目をどんどん絞り込む

  以下の表ではNational Curriculumに規定のある科目を学年別に緑色で色付けされています。Core Subject(主要科目)とされるEnglish, Maths, ScienceならびにPE(Physical Education;体育)とComputing(IT技術)はKey stage 1から4までNational Curriculumが作成されていますが、その他の科目はFoundation Subject(基礎科目)に分類され、すべての学年において対応があるわけではありません。Key Stage 4においては、学校はArts(美術)、Design and Technology(デザインとテクノロジー)、Humanities(人文科学)とModern Foreign Languages(現代外国語)において各一科目ずつコースを設置することを求められていますが、その内容に関しての規定はNational Curriculumにはありません。ということは音楽や美術などの授業をKey Stage 4の時点で全く受けなくなることも十分あり得ることになります。Key Stage 4から、学校でみんなと同じ授業を受けるという体制から、自分に合った科目を選択していくという動きが始まっていることが読み取れます。

 一方のCitizenshipやOther Subjectに入るReligious Study(宗教)やSex and Relationship Education(性教育)はOther Compulsory Subject(その他の必須科目)として規定がされています。

  • National Curriculumを越えた取り組み

 National Curriculumに従う学校、従わない学校に関わらず教科の枠組みを越えた学びの場が提供されていることも多いことを最後に付け加えておきたいと思います。私立においてはその自由度の高さを大いに利用し、Enrichment Programmeなどを通じて個性を発揮することができますし、公立においてもデモグラフィー(人口統計)に応じた幅広い需要に対応することで、進路の選択肢を増やしたり多様な価値観への理解を深めたりしています。それぞれの学校を一つ一つ見てまわり、自分の子供に合っているのか、を精査する必要性は日本よりも高いかもしれませんね。

参考資料

National Curriculum